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Vol.21
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| 『失われた楽園』(神との対話) |
| 手をつなぎ、目を閉じた瞬間、三人の心の底の方から懐かしい暖かさが込み上げてきた。生きることに何の疑いも持っていなかった幼いころによく感じた暖かさだ。親の腕の中に抱かれたときに感じる安心感のような・・・。 |
| その暖かさが急速に広がり、やがて熱を持ち、ほとばしるエネルギーとなって体中に広がり始めた。エネルギーが充満すると、何もかもが肯定的に思え、生命体が持つそれぞれの魂が美しく輝きながら渦巻き、世界に存在するすべての物質の存在そのものが歓喜のエネルギーとなって心の中に流れ込み、そして流れ込んだ全てのエネルギーが融合して一気に高まり、爆発した。 |
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| 三人は宇宙空間に居た。しかも時間を溯るように、宇宙の一点に向かってワープしながら収斂していた。三人の心の中を、あらゆる階層の意識が貫くように次から次と通り過ぎた。そして全てが一点に収斂したとたん、三人の意識はプツンと音を発てて途切れ、一瞬の空白の後、現実に戻った。 |
| 三人は泣いていた。圧倒的な感動に心は熱く燃え、歓喜の涙は止まらなかった・・・。 バロータが口を開いた。 |
| 「生きるって、なんて素晴らしいんだ!生きているだけで幸せじゃないか、何にもいらない。命は素敵だ、暖かい。そして存在そのものが喜びなんだ!今まで何も分かっていなかった」 |
| 他の二人は、涙を流しながらバロータに何度もうなずいた。バロータがイルに訊いた。 |
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「なぜ人間はこの生きる喜びに気がつかないのでしようか?」
バロータの考えたことは、もう忠平を通さなくてもイルに伝わるようになっていた。 |
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| 『それは、心の中にある真の力、エネルギーを使うことをしないからでしょう。私が今あなた方にしたことは、そのエネルギーを解放しただけなのです。多くの人間は、その力の存在にさえ気がつかず、生きることに悩み苦しみ死んで行きます。その力の存在に気付き、エネルギーを使えるようになるには、自分自身を学び、賢くなる必要があります』 |
| 「自分自身を学ぶということは、修行が必要なのですね!」 |
| 『そうですねぇ・・、まず学ぶのに必要なのは、魂と脳をつなげること、そして脳においては、知性と感性をつなげることです。魂と脳、知性と感性、それぞれが別のものであると認識することでそれらはつながります。認識とは存在を理解することで、生きることとは、現実の存在をあるがままに認識することなのです』 |
| 「賢くなるというのは?」 |
| 『人は善と悪を迷い苦しむ。しかし本当の悪は善と変わらないもので、人が犯す悪のほとんどは愚行のことです。だから後悔をするのです。賢くなるというのは、悪と愚行の違いを知るようなことです。この世に善悪はなく、現実があるだけなのです』 |
| 「私達はこれからどうしたら良いのでしょう?」 |
| 『自分自身を学ぶということは、知性と感性を統合して、それで魂を磨くことです。知性と感性を統合すれば、自然と心の力を使えるようになるでしょう。そして人類が滅びないように、誰もが魂を磨くことができる楽園を造ったら良いのでは?』 |
| 「わかりました。私達の力で楽園を造れるかどうかわかりませんが、生きることの素晴らしさは、多くの人に伝えたいと思います。うぅ〜ん、もしかして、生きることの意味を伝えるより、楽園を造るほうが簡単なのかも知れませんね?」 |
| 『そうですね。人間はまだ、知性で認識するよりも、体験、感性で認識したほうが理解が深いようですね。ここよりさらに下に降りたところに、私が造った小さな世界があります。楽園の参考になるかも知れません。よろしかったら、どうぞ・・・。』 |
| 三人は、イルにうながされるまま、さらなる地底へ、道を降りた。 |
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(次回に続く!)
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楽園の放浪者、今年を予言する。
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年末年始になると、新しい年の予言なるものが出たりする。今年はこんな年になるというやつだ。今年は不景気がひどくなると言っとけば誰の予言でも当たりそうだ。そこで、オレもいっちょ予言しちゃおうかなーと思う。年末に閃いたことがある。隠し事が苦手な性格だから、つい誰かに話したくて・・・。でも景気のことじゃない。文化のことだ。世の中、文化的なことにも流行り廃りがあるもので、文化の流行というものは、政治の力よりも世の中を変えてしまう力を持っているのだ。
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| ズバリ今年は、右脳が来ると思う。どういうことかと言うと、科学や論理より感性が表に出るということだ。去年、陰命師が流行った。今の人は陰命師をオカルティストと思っているだろうが、当時、陰命師は最先端の科学者であり、医者であり、技術者だった。感性の分野の科学者だったといって良いだろう。現代の科学では、言葉や記号で論理的に表現できないものは取り扱わないし、またその存在も認めない。だから陰命師が科学として取り組んでいた感覚の世界の多くは、今の科学ではその存在を無視されてしまう。それゆえ、陰命師は科学者ではなくオカルティストに分類されてしまうのだろう。現代の科学で取り扱う世界は、陰命師が関わっていた世界より狭い世界なのかも知れない。 |
| バーチャルリアリティー。コンピューターが創り出すバーチャルな世界はかなりリアルになっている。しかし恐竜、ロボット、怪物など表情の乏しいものはかなりの出来だが、人間の微妙な感情の表現となると今はまだ限界がある。なぜなら、デジタルは膨大な情報量を瞬時に処理することができる便利で素晴らしいものだが、感情のようなテータ化できないことは処理することも表現することもできないからだ。データ化されたものしか扱うことが出来ないコンピューターは、陰命師の世界のような感覚的な世界は苦手だろう。世の中がコンピューター化すればするほど、データ化できない右脳が取り扱う感覚、感性の世界が際立ってきて、社会、文化の表面に出てくると思う。今ハリー・ポッターが世界中で人気があるのも、今まで科学が無視してきた世界が気になり始めてきた証拠ではないだろうか。 |