Vol.12
 私にとって、高井忠平の手帳を読むことはまさに解読である。日本語で書いてあるとはいえ、文語体のうえ達筆ときては一筋縄にというわけには行かない。特に達筆がつらい。毛筆でさらさらと書かれた部分が読めない。キーボードを使って文字を書いている身には、文字の崩し方に馴染みがないのだ。同じところを何回も何回も眺めては見当を付けてきた。そのうち崩し方になれて、さらさらと読めるようになるかも知れない。以下は忠平が横浜を離れ、旅が始まる日の記述だ。
明治30年4月10日
 先日突然、先生が自分の探している楽園について、かなり詳しい話をしてくれた。私はいまバロータさんのことを先生と呼んでいる。もちろん二人の友情に変わりはないのだが、私はバロータさんを尊敬しているし、いつも教えてもらう立場にあるわけだから、先生と呼ぶのは自然な事だと思う。
 先生の探している楽園は、地面の下にある古代の地下都市ということだ。そもそも先生がその地下都市に興味を持ったきっかけは、ローマ皇帝ネロが、ローマ軍をアフリカに派遣して地下都市を探させたという話を聞いたことだそうだ。ローマ軍は苦労しながらアフリカを彷徨ったが、地下都市は発見できなかったらしい。暴君ネロが地下都市発見を思い立ったもとには、アトランティス伝説があったからだという。ギリシャの哲学者プラトンが紀元前4世紀に著した「ティマイオス」と「クリティアス」の両対話篇の中にアトランティスのことが書かれてあるらしい。アトランティスとは今から一万年以上も昔に栄えた高度な文明を持った国で、地震か何かで一夜のうちに海に沈んでしまった古代都市のことだそうだ。我が国にも竜宮城という昔話に出てくる海の中の国があると先生に話したら、世界各地にそういう伝説や昔話が残っていて、アトランティスのような失われた古代文明の存在を証拠付ける手がかりではないかと調べているということだった。
 先生の話では、エジプト文明などより遥か昔、この地球上には今の文明と異なるかたちの大変発達した文明の国があり、その国の植民地が世界各地にあって、それぞれの都市が地下通路で繋がっていた。そしてその国は、空飛ぶ船や特殊なエネルギーの力を使って世界を支配していた。その文明の科学技術は、今の文明と知識体系が異なっていたせいで、我々が想像できない方向に発達していたらしい。その文明がどのくらい長い間続いていたかは分からないが、今から一万二千年ぐらい前に突然の大異変によって国は海に沈んでしまい、植民地の多くも壊滅し、その文明は跡形もなく消滅してしまった。そして世界各地に生き残ったわずかな人たちが我々の文明の祖先になったというのだ。大異変のとき壊れずに残った地下都市が今だどこかにあって、過去の文明の遺産がそこに眠っているという可能性があるらしい。ネロはそれを探していたらしい。先生は各地に残る伝説や、碑文、古文書などを研究して、地下都市への入り口が、アフリカ、中南米、チベット、そして日本にあるのではないかと思っているそうだ。日本のイザナギ、イザナミ、黄泉の国の神話は、地下都市に繋がるトンネルのことが神話になったのではないかと言った。
 地下都市へのトンネルの話を聞いて思い出したことがあった。私が子供のころ曾祖父から聞いた神社由来の話なのだが、大昔日本人の祖先達は、大陸からトンネルを通ってこの国に渡って来た。そして我が神社はその穴の出口を守るために建てられた神社だったそうだ。しかし、長い間に戦があって神社は何回も建て直され、もともと何処にあったのかは分からなくなってしまったということだ。伝わっていた古文書もいつの時代かに焼失してしまって、今は先祖代々からの口伝しか残っていないと言うことだった。
 先生はこの話に大変興味を持ち、ぜひ私の家に行ってその口伝を調べてみたいと言った。そこで私達は横浜を引払い、九州の国東に旅立つことになった。
10月10日
 ブギーは帰ってきたが落ち込んでいた。きっと恋の争奪戦に破れたのだろう。頭のてっぺんに血の固まりが付いていた。でも傷は大したこと無かった。やつの気持ちを考えて、そぉっとして置くことにした。
 いま Pitch Pipe にいる。ここの名前は移住してきたミュージシャンが付けたそうだ。今は楽器のチューニングをチューニングメーターを使ってやるが、昔はピッチパイプ(調子笛)を使った。ピッチパイプはミュージシャンにとって無くてはならない物だったんだろう。Pitch Pipe は町というよりは集落といった感じだ。日当たりの良い山の斜面に三々五々と家々が散らばるのどかな山村の風情だ。斜面は南西向きなので、夕暮れ時、日没ギリギリの斜光が家々の屋根や壁に照り映えて、村全体がオレンジ色に染まる。その穏やかな美しさはオレの文章力では表現できない。浦島太郎の歌に、絵にも描けない美しさという歌詞があるが、人が持つ表現力などたかが知れてる。自然の美しさには圧倒されるばかりだ。
 オレはいま表現手段として象徴主義に興味を持っている。これは手帳解読がきっかけになっている。絵画の歴史は、象徴主義から自然主義への移行の歴史だ。評論家は自然主義的表現のほうが優れているように言うが、象徴主義的表現は呪力から始まっているんだから、オレに言わせれば自然主義など甘ちょろい。我々は宇宙の力から離れた文明の力に頼って暮らしてきたから、象徴主義的表現の意味するところが理解できなくなってしまったのだ。オレはこの島のマナ(魂)を感受し、宇宙の力を取り戻すために、しばらくLake Mana にこもることにする。