Vol.9
 楽園の哲人を目指して始まったこの旅は、日本から帰ってきて、ちょっと気持ちに変化が起きた。日本から帰ってきてはっきり分かったのは、この島はまるごと楽園だったんだということ。つまり私は楽園の中を放浪していたわけで、眼鏡をかけているのに眼鏡を探しているような間抜けなオヤジだったということだ。再び始める放浪の旅は、楽園を探すのではなく、楽園を味わう旅になる。ワクワクする。
 自分を解放できる場所、そこには楽園と呼べる条件の一つがあると思う。逆に、楽園では自分が完璧に解放されるはずだ。今まで、この島を旅していて、楽園を探すという宿題があって、どこか自分を解放しきれないところがあったが、ポレポレ島がまるごと楽園だと気付いた今、私の心は完全に解放されてしまった。頭の中は常夏の気持ちのいい風が吹き抜けて、カラッとした青空が広がっている。なんだか顔がニヤ付いている気がする。なにしろいま私の頭の中はカラッポだから。
  すでに楽園にいるんだと気が付いた瞬間にすべてが変わった。心が解放されて軽くなり、目に入ってくる景色がキラキラと輝き始め、吸い込む空気さえもほんのり甘く感じたのだ。周りにいる人たちが皆優しく私に微笑んでいるように感じ、若い娘達は誰もが溌溂と魅力的に見える。島は帰ってくる前と同じなのに、楽園だと気が付いたとたんに、すべてが輝いて感じるというのはどういうことだ!私は心の中のどこかにあったスイッチに触れたのに違いない。つまり、楽園に通じる扉もその扉をあける鍵も、すでに私の心の中にあったということなのだろう。もしかして私はその鍵を手に入れてしまったのかも知れない。これからは何処に居ても、楽園に通じる扉を自由に開け閉めできるということなのか?
9月20日
 いよいよ今日から島を巡る放浪の旅が再び始まる。でも、気分は観光だ。何しろ島全部が楽園なんだから、すべてを受け入れて感じていればいい。単純なことなのだ。さて出発だというときに、レストランのおばちゃんから届け物を頼まれた。Alhaja Lake の傍に住んでいる妹さんに届けて欲しいと、ちょっと分厚い封筒を預かった。ラブレターを妹に出すわけは無いから、もしかして中身は札束かもね。
 島に帰ってきたら、King Wind Valley から再び探索を始めるつもりだったが、今はもう探索なんて思いは全然ないし、場所も何処でも構わない。足の向くまま、気の向くままってやつだ。オレは前からそう重い(体重のことではない)人間では無かったが、これでますます軽い人間になっちまったようだ。まるでヘリウムの入った風船にになったような気分だ。かろうじて細い糸で社会的理性に繋がっている。色は黄色かな?
 オレはすっかりいい気分で舞い上がってるけど、ブギーはいつもと変わらずクールだ。でも出かける間際になって、親爺さんと別れるのが寂しいのか、親爺さんの足にいつまでも頭を擦り付けていた。Alhaja Lake に着くのは夜になるので、おばちゃんからの預かり物は明日届けることにしよう。
9月21日
 おばちゃんの妹の名はアンナさんという。歳はオレと同じくらいか、少し若い。いずれにしても同世代だろう。オレは紳士だから女性に歳を聞いたりはしない。知的な暖かさがあり、とてもキュートな人だ。若いときはかなりの美人だった思う。学校の先生だそうだ。
 預かったものは革表紙の古い手帳だった。彼女達のおじいさんが残したものだそうだ。手帳の中は彼女達には読めない文字(中国語?)で書いてあるので、オレとアンナさんとで解読するようにと、おばちゃんはオレに持たせたらしい。書かれていた文字は日本語だった。
 アンナさんは家に泊まりなさいと言ったが、オレは敢えて湖の畔でキャンプすることにした。これからどんな展開になるのか愉しみだ。もちろん手帳の中身のことだ。