Vol.4
「都会の中の孤独」という言い方がある。この言葉からは心の寂しさと人嫌いを連想してしまう。孤独とは独りぼっちのことだから、周りに誰も居ないところでは孤独だ。こういう孤独は、人が居なのは寂しいが、心は寂しくないような気がする。むしろこの孤独に耐えた人の心は豊かなものに違いない。都会は人が多い、過密と言っていいほどだ。それなのに孤独だというのは、周りの人々とのコミュニケーションが無いので、誰も居ないのと同じと感じるからなのかもしれない。都会の孤独は、 周りからスポイルされて出来た孤独で、本来の孤独ではないのだろう。自分がスポイルされている孤独感、これはつらい、耐えれば耐えるほど心の力が抜けて行くような気がするから。そして人嫌いになり、増々コミュニケーションをしなくなる。
 山道を歩いているときに人に出会うと、声を掛け合い挨拶する。これは山での慣習だと思っている人がいると思うが、誰も居ない山中をひとりで長い時間歩いていると何となく不安な気持ちが湧いてくる、そんなときに人に出会うと懐かしさと共にホッとして、お互い自然と挨拶を交わすものなのだ。若いころ(30年以上も前のこと)一ヶ月近くスキー場に居たことがあり、東京に戻る列車から降りてすぐ、駅の構内を歩くスカートを履いた女性が、みんな綺麗に輝いて見え、ドキドキしたことがある。これは長い間スキーパンツを履いた女性しか見ていなかったせいだ。私がもし長い間、無人島のようなところいたら、最初に出会った人を愛おしく大切に思い、それが女性だったらその場で恋に落ちてしまうかも知れない。空腹は最良の調味料!人嫌いな都会の孤独人達よ、自然の中に分け入って本来の孤独を味わってみよう!人が好きになり、人とのコミュニケーションが楽しくなるはずだ。旅は一期一会、二度と逢え無いかも知れない出合いの連続が旅だ。そして、出会った人とのコミュニケ−ションがなければ旅ではない。途中、誰にも出会わないような旅は、旅とは言わず冒険と言うべきだろう。孤独人達よ、旅にも出よう!
7月13日
 今は夜の9時を少し回ったところだ。これを書いている灯りを消してしまうと、辺りは真っ暗闇である。人の気配はまるで無い。聞こえるのは虫の声と風の音、耳をすますと、岩に砕ける波の音がかすかに、遥か下の方から聞こえる。ここは、Headache Edgeの入り口、Lira から海沿いを東に走った外周道路のどん詰まり、終点だ。ここから先に車の通れる道はない。断崖絶壁が10キロも続くHeadache Edge は、崖っぷちまで深い森林に覆われ、人の歩くトレールさえはっきりと標されていない。
 
 キャンプしているここは、車がぐるっとUターンできるほどのスペースがあるが、来た道を除いて周りはすべて木立である。左奥は断崖絶壁になっているはずで、その下の方から波の音が遠く聞こえている。うえを見上げれば、広場の形に切り取られた満天の星空。普通ならここで孤独感を味わうところだが、Sunset Beach からの相棒、猫のブギーがいるので全くそれが無い。やつはオレにお構い無しにただ寝ているだけなのに、不思議なものだ。少しコミュニケーションがとれる生き物が側にいるだけで、人は孤独感を味わうことなく生きて行けるのかも知れない。
 ブギーはちょっと変わった猫だ。目が見えない、目玉がないのだ。母親の胎内にいるときに栄養が足りないと、目玉が育たない子猫が生まれると聞いたことがある。きっとブギーの母猫は餌を探すのが下手だったんだろう。しかしブギ−は逞しい。視覚以外のすべての感覚が素晴らしく鋭いのだろう、目が見えないとは思えないすばしこさで動き回って野良で暮らしていた。頭も良いに違いない。人を見る目もある。
 ブギーとの出合いは・・・。朝飯を食っているときに、いつの間にか足元にちょこんと座って、ジッと見上げている猫がいた。オレはソーセージをちぎって投げてあげた。それを食べるとまた足元に来てオレを見上げる。何回かやっているうち、ふと気が付いた。この猫は、ソーセージを投げたときではなく、落ちてから振り向き、匂いを嗅ぎながらソーセージを取りに行く。つまりソーセージが落ちた音に反応していたのだ。試しに投げる真似をしたが動かなかった。目の周りは、目脂か何かで汚れていてよく分からなかったが、目が見えないのは明らかだった。でも、顔は手の動きに合わせて動かすのだから凄い。見えないのに何で分かるんだろう?ちょっと感動した。抱き上げて濡れティッシュで目の周りをきれいに拭いてあげた。目は窪んでるだけで目玉がなかった。でも、けっこう可愛い顔をしてるじゃん?と思ったら、オレを見てニッコリ微笑って「ニャー」と啼いたのだ。確かに、あれはニッコリ微笑った顔だった。それ以来オレたちは仲良しになり、こうして一緒に旅をしている。オレは、ハンディキャップがあるのに自立し、自由に生きてきたブギーを尊敬しているし、ブギーもオレに媚びたりすることはない。 オレ達の関係は五分と五分だ。ブギーを飼っているつもりは全くない。だってブギーは旅の相棒だから。
 ブギーは、大きな伸びを一つして、さっさと寝袋にもぐり込んだ。明日からは、ここをベースキャンプにして、Headache Edge 周辺と、Tears Moor あたりを探検してみるつもりだ。