Vol.3
 サーファーと呼ばれる人たちがいる。彼等からは、潮と自由の香りが漂ってくる。サーフィンは大平洋域でかなり古くからスポーツとして楽しまれていたようだ。キャプテンクックの航海記にも出てくる。特にハワイポリネシアンはサーフィンに取り憑かれていたようで、ハワイ島コナのカハルウ・ベイにはサーフィン寺の遺跡がある。いい波が来るようにとサーファーが祈りを捧げていたらしい。寺には波乗りを見物するテラスまで造られ、土地の人々は大いにサーフィンを楽しんだらしい。時代が下がって、観光に訪れる多くの西洋人もハワイの波乗りには魅了された。トム・ソーヤで有名なマーク・トウェインもハワイを訪れた際にサーフィンに魅せられ、トライしている。波に巻き込まれたときのことや、ボードに立てたときのスピード、爽快感について書き残している。
 私はサーフィンをやったことがない。体力的自信はないが、機会があったらやってみたい。それは、潮と自由の香りに対しての憧れからである。サーファーって格好いいからね!ジェリー・ロペスという伝説的サーファーがいる。彼のテクニックの素晴らしさはサーフィンをしない私には判断できないが、ゆったりと波に乗る自然なスタイルは魅力的だ。でも私が感じる彼の魅力は人物そのものにある。始めて会ったときに感じた彼の印象は、今までに出会ったことのないものだった。一発でノックアウトしてしまう強力なインパクトは無いが、じわじわと効いてくるボディーブローのように、いつの間にか彼が発している何かが私の内に充満していて、私は彼にノックアウトされていた。彼が発している何かとは、春先の太陽のような暖かさだ。この暖かさは清々しくて気持ちがいい。ハワイのビッグウエーブに揉まれ洗い流されて残った本物の暖かさなのだろう。私も若いころからビッグウエ−ブに揉まれてサーフィンをしていたら、彼のようになれただろうか?おそらく、彼のようになる前にあの世に往っていただろう。
7月7日
 ラジオから、ビ−マ−兄弟のスラックキーにのって波情報が流れている。けだるい朝だ。こんな日はラジオの情報を聞かなくても大した波が来ないのは分かる。安定した高気圧に覆われているようだから、しばらくはこんな日が続くのだろう。午後になればインショアの風に乗って少しは波が立つかも知れない。 Liraに車を留めて4日目、あと2日はここに留まる予定。いま居るのは町外れの入江のそば、ボードシェーパーのYosiの家の裏庭に厄介になっている。彼はLiraにあるサーフショップのオーナーだ。そのショップは友人との共同経営で、友人は営業を、彼はもっぱらボードを削っている。彼の削ったボードは評判らしい。ジェリー・ロペスのボードも削っている。オレはジェリーが来ていれば挨拶をしたいと思って店を訪ねた。ジェリ−は島に居ないということだったが、Yosiはオレがジェリーと面識があると分かると、歓迎してくれて裏庭を貸してくれた。ジェリーとは、友達の紹介で一緒に飯を食ったぐらいの知り合いだが、会えばきっと、懐かしい友達に再会したときのように、ニッコリと微笑んで手を差し出してくれるだろう。
 
 今日は特別な日になる予定だ。初体験、サーフィンに挑戦するのだ。挑戦といってもちょっと沖に出ては戻ってくるだけのことなんだが・・・。Yosiの話では、ロングボードは安定しているし、小さな波でも乗れるから今日のような日は練習に最高なのだそうだ。もちろんオレの歳を考えてのことだ。スポーツは得意な方だから結構いけるとは思うが、好きだった女の子との初デートの前のような気分だ。Yosiが呼んでるのでこの続きはまたあとで。
7月1日
 日付けは少し戻る。KiKi の外れで、泊まる場所を探しているときのことだ。感じのいい小道に入ると、左側にマイアミにあるような白く大きなビーチハウス、右は草地が少し広がりその後ろに木立が続いている浜に出た。浜の入り口に車を止めてあたりを散策していると。邸宅から浜に続く階段を初老の紳士が降りて来た。彼は私を呼び止めて何か探しているのかと聞いた。泊まる場所を探していると言うと、今夜は大事な客を招いたパーティーがあるので、浜に泊まるのは遠慮して欲しいと言った。どうしてもと言うのなら私の屋敷内の場所を提供しようと案内された。そこはガレージ裏のゴミ置き場の横だった。ここなら自由に使っていいと言われて少しムッとしたが、オレは丁重に断ってKiKi は通り過ぎることにした。
 
 浜に戻って車を出そうとしたらスタックしてしまった。出ようとあがいているうちに完全にはまり込んだ。浜にいた男3人に助けを頼む。彼等はあっという間に車を掘り出し道まで押してくれた。礼を言うと中のひとりが「この島ではスタックは脱出ゲームみたいなもんで、ちょっとしたスポーツなんだ。楽しませて貰ったよ、ありがとう」と言った。オレがぽかんとしていると「素早く脱出できるようになるとその面白さが分かるよ。それにあのアメリカ人のことは気にしない方がいい。島に来てまだ日が浅いから、そのうちすっかり島民になってしまうから」といった。車のスタックまでゲームにして楽しむとは、ここの島民は凄い。そのうち、あの紳士もそういう島民になってしまうというのか?ウーンム、オレは唸るしか無かった。3人に両手で握手しながらありがとうを連発して、Lira に向けて出発した。
7月10日
 マリアナあたりに台風が発生したらしく大きなスウェルが入りはじめた。午後にはオフショアの風にいい波がブレイクし始めるだろう。サーファーはみんな海に出てしまった。まだサーファーになっていないオレはLiraを発つ。この3日間は本当に楽しかった。波と呼べないような波に乗れただけであれだけ興奮できるのだから、サーファーがビッグウェーブに命を賭けるのも分かるような気がする。初日は意外にも簡単にボードに立つことが出来た。波まかせ、ボードまかせだったからだと思う。自分の意志をボード、波に伝えようとすると突然難しくなり、あとの2日間は立つ、落ちるの繰り返しだ。でもその分、が然面白くなった。大きな波を自在に乗りこなすことが、どんなに凄いことか、どんなに楽しいことかが良く分かった。オレは波乗りにハマってしまったようだ。小屋の屋根にロングボードをくくり付けて海辺を走る絵が目に浮かぶ。