ジャック・マイヨールといえば、フリーダイビングとも閉息潜水とも呼ばれる素潜りの名手。かつてはフリーダイビング界の潜水記録を次々と塗り替え、初めて水深100メートルを超え、さらには水深105メートルにまで達した超人的な人間として記録されている。
 マイヨールのフリーダイビングの世界での活躍ぶりは、映画『グラン・ブルー』でも見ることができる。数々の潜水記録を打ち立てるマイヨールに憧れ、自分自身もフリーダイバーを目指したことのあるリュック・ベッソンが監督したのが、映画『グラン・ブルー』なのである。この世界的ヒットとなった作品は、マイヨールの足跡ばかりか、海面では太陽が照りつけているのに上下左右すべてが濃いブルーに包まれた「グラン・ブルー」という深海の存在と言葉の持つ意味を我々に教えてくれ、人間の能力をはるかに超えた潜水記録への挑戦、死をも恐れないフリーダイビング界の確執まで再現してくれたのだ。
 しかし、特殊な器具を用い、より深い潜水記録だけを追い求める挑戦的かつ冒険的な要素の多いフリーダイビングに、ある日、マイヨールは疑問を持つようになったのである。

 疑問を持つキッカケになったのが、実は、もともとマイヨールをフリーダイビングの世界へと導いたイルカたちとの、とても不思議な出会いだったという。


▼ 素潜りの方法や呼吸方法は、 イルカたちから教わった。
 1927年4月1日、上海のフランス租界に赴任中の建築技師の家に生まれたマイヨールは、当時の他の上海に在住する外国人たちと同様、美しく静かな海岸と砂浜のある九州の唐津で夏休みを過ごすことが多かった。 母に泳ぎを教わり、地元の唐津の子どもたちから水中メガネを借りて素潜りを楽しんでいるうち、イルカの群れと遭遇する機会に恵まれたのである。しかもその時、群れのうちの一頭が、恐れる様でもなく興味を示して近寄り一定の距離を保ちながら目と目を合わせ、漁船が近づく音で素早く去ってしまうまで意思の疎通を試みたのだという。このイルカとの初体験がマイヨールに与えた驚きと感動は、後々まで因縁めいたものを感じさせる。

 1957年、30歳になったマイヨールはマイアミの水族館で再び一頭のイルカと出会う。イルカの名は、クラウン。彼女とマイヨールは、初対面の時からメッセージを送り合い、あたかも旧知の親友に出会ったかのような付き合いを始めたという。水族館の館員として、クラウンとともにプールで過ごしていくうち、大きく息を吸い込まなくても息を長持ちさせる呼吸方法、それに水の流れにカラダを任せる方法や水の中にカラダを溶け込ませる方法を会得。やがて、最大3分半まで息を止めて水中にとどまれるようになり、フィンを装着すれば一息で150メートル以上も泳げるまでに上達したのだった。

 マイヨールは、クラウンから教わった潜水方法を実践してみるためグランド・バハマのケイコス諸島へ出かけ、手始めに素潜りによるロブスター漁を広めた。彼がなぜ練習の場としてケイコス島を選んだのか、詳しい動機は定かではないが、やがて、ケイコス島で出会った水中カメラマンから潜水記録への挑戦を勧められ、このあたりからスッカリお馴染みの「グラン・ブルー」物語が始められる。


▼ 母なる地球が気にかかる。 だから、海に優しくする。
 イルカとの2度の出会いが契機になって、世界を代表するフリーダイバーにまで成長したマイヨール。しかし、つねに死と隣り合わせの体験を強いられる厳しい「グラン・ブルー」の世界ばかりを覗き見ているうち、泳ぎを教えてくれたイルカのこと、彼らが暮らす海のこと、母の胎内にも似ていると言われる地球の海のことが猛然と気になり始めたらしい。

 我々は小さな海である母親の胎内から生まれ、母親は地球という惑星にある海から生まれてきた生物であるところが肝心な点である、と彼は力説する。だから、人間として、母親の胎内にも似た地球の海を護り、イルカやクジラと過ごすことに生涯を捧げる決心をしたのだとも付け加える。

 マイヨールは、現在72歳である。しかし、イルカやクジラとの逢瀬を楽しむために毎日海に潜り、地中海のエルバ島やグランド・バハマのケイコス諸島やソルトキイ島、それに日本の海など、つねに世界中を飛び回っている彼の行動半径や海への情熱を聞いていると、とても72歳とは思えない行動力だ。彼の健康法は、新鮮な空気と輝く太陽のある海で、イルカやクジラと過ごすことだと断言する。

 「母親など必要はない、母乳も欲しくない、とばかりに自然を省みない子どもたち(一部の人間)が生まれてきたため、母なる地球の海は確実に不調を訴えてきている。彼らの行動を見ていると、まるで、母親を無視することで、自分自身の存在をも無くしてしまうことを望んでいるように思えてならない。なぜなのだろうか。このままいけば、自分自身の手で海を汚し、地球の生命を抹消しようとしていることになる。しかし、もう戻ることはできないし、500年前の海の状態に戻すことなどできはしないと思う。我々の誇りにしてきた技術や文明が、自然とのバランスをかなり変えてしまったからだ。この状態は、残念ながらまだまだ進行中である。自分が発信できる唯一のメッセージとしては、海や自然を壊すことをスローダウンさせること、あるいは別の方向を探ることを考えたい。やがては、地球の海と同様のことが、宇宙でも起こる可能性があるから、何かをしなければならない」

 マイヨール自身は、地球の健康を少しでも保持し、彼自身とイルカとクジラのためにもなる、「ブルー・ドリーム」計画というプランを推進したいと考えている。

 「まず、サウス・ケイコス島とソルトキイ島の間の海峡に、クジラを観測するための12メートルのヤグラを建てたい。ドミニカ共和国のシルバーバンク沖で繁殖相手を探したり遊んだりして3カ月ほど過ごしたクジラたちが、大西洋との間を行き来するために通過する海峡だからだ。このヤグラは、日本の九州で発見された有史以前の遺跡からヒントを得たもので、一緒に泳いでコミュニケーションするチャンスを増やすことができるし、ウォッチングには有効だ。次に、サウス・ケイコス島のラグーンに、世界中のマリンランドなどで働いていた年老いたイルカたちを集め、彼らの憩いの場所となるようなリタイアメント・ホームを作ってやりたい。これらの構想は、もう5年から6年もの間プランとして考え続けているが、できるだけ早く実現しなければ、と思っている」

 マイヨールの大きな夢は、まだ具体化していない。ただし、少しでも多くの人たちが海に接し、海に親しみを持つことができれば、地球や人間には、自然のバランスがとても大切なことに気づくのではないだろうか。そして、我々自身も、健康な海や自然を取り戻す努力を、積み重ねるべきではないだろうか。 色濃い「グラン・ブルー」の世界に到達し、汚れのない深海から地球の奥行きを眺めることに成功した男は、計り知れない説得力で健康な地球の姿を訴え続けるのであった。