| 21.May.2002 | |||||
| 22年前、最初の沖縄の印象は強烈だった。空港ビルを出てすぐに襲ってきた熱気と湿気。客待ちのタクシーの運ちゃん達のまったく理解できない沖縄弁の会話。タクシーに乗って止まった赤信号で、となりのワゴン車の運転手がとつぜん蛇三線を取り出し弾き始めたこと。 「これが沖縄かぁー!」 かなりのカルチャーショックだった。 |
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2002年5月21日、5年ぶり4度目の沖縄。空港は新しいビルに変わっていた。前の空港はローカルな感じが色濃くあったが、新空港はミニ羽田といった感じだ。空港を出ても、街はどこの大都市ともそう変わりはない。ただ光と空気感は沖縄を感じる。沖縄は梅雨ということだったが雨は降ってなく曇り、曇りも明るい曇りだ。 レンタカーを借り一路沖縄市を目指す。那覇の街は空港へのモノレールの工事で雑然とした感じがした。すぐに高速道路に乗る。沖縄市あたりから緑が多くなって来る。沖縄は南から北へと都市化が進んでいるようだ。 |
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大規模工事が目立つ。(沖縄市)
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| 今回の沖縄旅行の目的は、嘉手納基地内の学校での木版画のレクチャーとデモンストレーション。そして画廊での展覧会だ。学校は4校、45分の授業を9回、そして画廊でのデモンストレーションを4回やる予定になっている。22日から26日までは毎晩ディナーに呼ばれている。結構なハードスケジュールだが27、28日の二日間は沖縄観光ができそうだ。 |
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画廊のディレクターとスケジュールの打ち合わせを済ませ、今日の宿泊地、残波岬のホテルに向かう。今日の宿泊はホテルだが、明日からは毎朝7時には画廊を出て学校に行くので、画廊に泊まることになる。画廊は米軍住宅を改造したもので、宿泊ができるようになっている。 ディレクターの女性は、空軍将校の奥さんで、2年くらいのサイクルで世界中の米軍基地を移動しているということだ。彼女はケンタッキーの出身でケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダースの親戚だそうだが、チキンアレルギーでとり肉は食べられないと言っていた。 |
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| 沖縄本島は南北に約100キロと細長い島で、幅の狭い所は5キロほどしかない。正確には東に45度傾いて、南西北東にのびている。残波岬は南から北へ3分の1ほど上がった所で東シナ海に突き出た岬だ。読谷村(ヨミタンソン)になるが、この辺はホテルが多く夕日がきれいに見えるらしいが、今日は午後から強い雨が降ったり止んだりで夕日はダメだ。 ホテルにチェックインして、食事をしに北谷町(チャタンチョウ)に出る。北谷町は読谷を南に下がった町で、嘉手納基地に接し、海側を沖縄県で唯一の国道58号線が南北に走る。58号線を走っていて目に付くのが観覧車だ。58号から観覧車を目指し海側に曲がると、大型スーパー、コンプレックスシネマ、ショッピングモールなどが並ぶ新しい町ができていた。駐車場が広くとってあり、ショッピングモールの裏には砂浜(サンセットビーチ)が広がっている。観光客や地元の若い人たちが集まる場所なのだろう。 明日は6時半にはチェックアウトしなと間に合わないのでホテルに戻り早く寝る。 |
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| 殘波岬のホテルの敷地に立つ風力発電の風車。ホテルの電力の30%をまかなっているそうだ。 |
ショッピングモールに立つ沖縄らしい木(ガジュマル?)。
サンセットビーチの先にも風力発電の風車が見えた。 最近の沖縄では風力発電に力を入れているのか? |
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画廊の庭の隅に咲く花。雨に濡れた花に小さなカタツムリが1匹。庭や軒下の植物が南の島を感じさせる。
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