ん〜寒っ !!

朝飯代わりのアツアツのチーズバーガーを食べた後、少しうつらうつらしていた僕は、あまりの寒さに目を覚ました。身体をさすりながら窓の外を見ると、紺青の空の下に特大のソフトクリームのような入道雲達が競うように立ち上がっている。赤道に近づいている証拠だ。ホノルルとクリスマス島を3時間で結ぶこの飛行機は“寒い”ことで有名だ。この便に乗るのは初めてではなかったのでフリースのジャケットを着込んでいたのだが、そんなものじゃ足りない程の寒さである。寒い国の人達が熱すぎるほどに部屋を暖めるのと同じで、暑い国の人達はひたすら冷やす。


しかし、一つ前に窮屈そうに座っているアメリカ人のアングラーは、すでにT-シャツ・短パン姿だ。そのアメリカ人同士で釣り談義が始まった。この人達は話が弾んでくるとおもむろに立ち上がる、一度立ち上がると何があっても立ったまま話を続けるのでうるさくてたまらない。話の内容に聞き耳を立てると、やっぱり昨年の釣り自慢、そしておのおのがバックパックからリールを取り出しては道具の話で盛り上がっている。楽しそうだな〜と思いながら見ていると、一人のおじさんが急に遠くを見る目をして止まってしまった。ナニ?と思って目線の方向を見るが何もない、当たり前だ、ここはまだ飛行機の中、先ほどのおじさんに目を戻すと、なんとフライを投げる仕草をしていた・・・テロの恐怖もなんのその、一級の釣り吉達が集まっているのである。

機内には大抵半分程度しか乗客がいない。それでも運行出来るのはこの便がNASDAのチャーター機だからだ。


80人ほどが乗れるボーイング767の目的地:クリスマス島は、特にボーンフィッシュという浅瀬にいる魚をフライで仕留めるゲームフィッシングとダイナミックなダイビングが楽しめるスポットとして名を馳せている。しかし、飛行機が1週間に1便しかないので訪れる日本人はアメリカ人に比べるととても少ない。今回はめずらしく日本からも10数名の釣りのグループが同乗している。その中の一人はまるでスノーボードでもするかのような格好をして座席に収まっている。

時計を見ると午前9:00を少しまわったところだ、あと1時間ほどでクリスマス島に到着だ。僕にとっては一年ぶり4回目のクリスマス島である。こんな不便なところに4回も来る事になるとは...滅多やたらに訪れることが出来ない場所にリピートするのはとても愉快なことだということが3回目ぐらいから何となく分かってきた。最初に訪れる時はもう2度と来れないところだからという思いが人間を貪欲にさせる。しかし、数回リピートすると田舎のじいちゃん家に夏休みに遊びに行くような、懐かしい場所に戻るような気持ちになってくる。貪欲な時に見えたモノと落ち着いてから見えてくるモノと、大きな違いがあるし、そのどちらもかけがえのないモノとして刻み込まれていく、そんな感じがとても愉快なのである。


一貫して代わらないものもある、それは島に向かう飛行機の中から頭の中で繰り返される音楽だ、その曲はホノルルに戻るまで頭の中で回り続ける。FERRY CORSTEN(SYSTEM F)というダッチ・トランス・クリエイターの[Out of The Blue]というタイトルだ。それもNao NakamuraのBalearic Feeling Mixが最高にはまる。わざとらしいくらいダイナミックなコード進行と重低音のベース、その間を泳ぐ美しいメロディーライン。僕は誰かにクリスマス島ってどんなところ?と聞かれた時、機会があればこの曲を聴いて貰うことにしている。クリスマス島はダイナミックで激情的で美しい場所なのだ。

ibiza Balearic Feeling
Polydor POCP-6009


そうやって頭の中でお気に入りの曲を回しながらうつらうつらしていると、窓の外にクリスマス島の端っこが見えてくる。そして、何回見ても理解出来ない不思議な風景が眼下に広がる、東京23区の半分以上の面積が珊瑚礁だけで出来ている島は、飛行機から見ると巨大な埋め立て地のように平らで、その大きさが上空からでも全容を見通すことを拒んでいる。そして平均海抜が2mにも満たないその平たい大地の表面は至る所に無数の大小様々な穴があき水が溜まっている。その水はエメラルドブルーから錆びた焦げ茶色まであって、これまた千差万別。カビが生えているのではないかと思ったほどの異様な風体を曝している。


大抵飛行機はサービスフライトで島を一周してから着陸する、国際航空法というのがあって事前に提出したルートしか飛行できないということを誰かが話していたが、レーダー施設も管制塔も無いこの島ではお構いなしだ。そこそこの大きさのジェット機が、その影をはっきりと地上に写しながら超低空飛行で島の上を旋回する。ジェットコースターなみのGを感じながら必死に写真を撮る。

水たまり以外には、風化した珊瑚礁から出来た白い砂の部分と、緑や茶色の草が生えている場所、高さ2m程の灌木が集まっているところ、そして人間が住み着くようになってから始まったヤシの木のプランテーション、の4つのテクスチャーを見ることが出来るが、水たまりを含めてどれも地上ではお目にかかったことのないモノばかりなので、結局着陸してからも、さっき見たなんだか良く解らない不思議なテクスチャーから受けた印象が変わることはない。でも、考えようによっては最初にが頭に溢れた方が、その後の島での生活は面白いものになる。

パイロットは目視で滑走路を見つけて着陸する、少し下にあった椰子がぐんぐん迫ってきて、椰子の向こうに見えた太平洋の深い青色が見えなくなるといよいよ着陸である、凸凹の滑走路からは物凄い震動が伝わってくるのだが、今回はずいぶんスムーズに滑走している、不思議に思って聞いてみると滑走路を舗装し直したとのことだ。ついでに側灯もつけたので夜でも着陸出来るようになったらしい。半年ほど前、海で遭難者が出た時にコーストガイドが夜間の着陸に成功している。


飛行機にタラップがくっついて扉が開くと、ウワッとした熱さに包まれる。その熱さが冷え切った身体に心地良いのは束の間で、すぐに汗が流れてくる。タラップを下りて滑走路に立つと予想外の強い風に驚かされる。赤道直下にあるクリスマス島では貿易風が止まることはまずあり得ない。その強い風にゆさゆさと揺れている椰子林を背にして、空港の建家がぽちっと建っている。言葉は悪いがそれはまるで牛小屋のようだ、一応入国審査と税関がある。それぞれの検査官は南の島の人にしては珍しく無口で厳格な雰囲気を漂わせている。最初は気がつかなかったが、そういう雰囲気はだた外国の税関の人の仕草を真似しているだけなのだ。そういったところが僕にはとても愛らしく思えてくる。


しかし、ここの税関は僕にとって大きな敵キャラでもある。僕はクリスマスカードのプロジェクトで毎年12月にこの島を訪れる。このプロジェクトは環境保護のメッセージを併記したカードセットを参加者に買ってもらい、参加者自身が直筆でメッセージや宛先を書いたカードを回収して、この島に運搬し押印してエアメールする。という力業のプロジェクトなのだが、今年は2500セットのカードを運んでいる。(このプロジェクトの詳細はMerry Christmas from Christmas islandをご参照いただきたい)


島の税関の担当者はなかなかこのプロジェクトを理解しようとしてくれないので毎回ここで苦労する、プロジェクトがこの国の大統領の許可と協力の元に行われていることを伝えても、まったく気にも留めずに、クリスマスカードは30%の課税だ!と、かたくなになったり、中に何が入っているのか見せてくれ!と無茶苦茶なことを言い出したり、思えば今年はテロの影響でハワイに入る時のチェックも厳しく、クリスマス島に向かう飛行機に乗る時も時間がかかり、挙げ句の果てにエクセス料金を取られたりと散々だった。この税関でも一悶着あるのを覚悟していたのだが、今年は何故か無罪放免、見向きもしないで通してくれた・・・これだから南の島はムズカシイ。過去の実績が積み上がらないのだ、毎回時間をかけてリスタート!それが楽しめるようになると南の島でのビジネスはグッと身近になってくる。

※Aloha Air AQ505便
ホノルル発は日曜日のAM6:30
機内持ち込みは2個まで、預ける荷物は70ポンドまで、それを越えると1ポンドUS2$のエクセス料金が発生する。

また、キリバス入国にはビザが必要、ホノルルのチェックインカウンターで取得可能


手続きが終わって建家をでると沢山集まってきている人達の中に懐かしい顔を見つけることが出来た。「マウリ!」互いに声を掛け合って握手をするが、不思議なことに1年ぶりの再会という感じはしない。前回この島を発った時にこの島にいる僕の時間はここでそのまま止まっていて、それがまた始まっただけなのだ、その間の日本での355日はこの島では関係がない時間になってしまっている。僕のそんなロマンチックな思いが足元にも及ばないほどの無時間な感性を持つ現地の人達にしてみれば、1年などは空白にもならないらしく、その屈託のない笑顔からは、久しぶりに会った時のぎくしゃくした印象を感じさせない。

僕の仕事のパートナーでもある、この島で唯一のダイビングショップ「Dive Kiribati」のオーナーのキムさんも迎えに来てくれていた。キムさんは15年ほど前にここに移住してきたアメリカ人だが、他の現地の人と同じように、昨日別れた知り合いに話すかのように話しかけてくる。「今日は潜るのか?」「いや、今日は潜らないよ、まずカードにスタンプを押さないと」そう言うと、あ〜そうだった、まずは郵便局だな、あとで家に遊びに来てくれ、と言い残して、さっき到着した飛行機でハワイに戻る人達の群れの方に歩いていった。毎回こんな感じなのである。

※マウリ(mauri):こんにちは
憶えていると便利なキリバス語
・Ko uara? :お元気ですか?
(コワラ)
・Marurung:元気です
(マルルン)
・Ko rabwa:ありがとう
(コラバ)
・Kangkang:おいしい
(カンカン)
・Tikiraoi:良い、きれい
(シキローイ)
・Te raoi:どういたしまして
(テローイ)
・Tia boo:さようなら
(サボー)


レンタカー屋のおばちゃんを見つけて鍵を受け取る、とりあえずホテルを目指して走りだす、助手席には運搬と押印の手伝いを申し出てくれた通称トラさんが、僕が初めてこの島に来た時と同じように無言で前方を見つめている。

また新しい素敵な1週間が始まった。