ワイメア・ヴァレーは森の精の香り

 久しぶりに東回りでオアフ島を一周しがてら、ノースショアにある「ワイメア・ヴァレー・オーダボン・センター」に出かけてみた。うっそうと生い茂った緑に囲まれたこの地は、19世紀の始めまで、ハワイ王朝の別荘として利用されていたうえ、ヘイアウ(寺院)跡など、歴史的な史跡が点在していることでも有名だ。


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ワイメア・ヴァレーの入り口には農耕の神として知られるロノを祭ったヘイアウもある。このあたりには昔からタロ芋、サツマ芋、バナナを育てると同時に豚や鶏などの家畜の飼育に力を入れ、農耕が盛んな地域として知られている。
そんな自然をそのまま利用したワイメア・ヴァレーの園内に足を踏み入れると、孔雀や鶏が悠々と歩きまわり、園内のそこここにトロピカル・フルーツの木や、珍しい植物がたくさん生い茂っていて、とてもすがすがしいエネルギーを感じることができる。この公園内で最も有名なのが高さ約18メートルの滝。公園の入り口から約30分程度歩くとその滝に到達する。

自然をゆっくりと楽しみながらその滝への道を歩いていた私は、ある大きな広場の前を通りかかった。ぽつんとベンチがひとつあるだけで、そのベンチの後ろはうっそうと茂った森になっている。ちょっとベンチで一休みでもしようかなと思って、そのベンチまで近づいてみると、突然ハワイアン風のおじさんがその森の中から出てきた。布をまきつけたような格好で、古代のカフナのような姿をしていた彼に驚いた私は「こんにちは」とそっと声をかけてみる。するとおじさんは、大きな目で私を上から下まで見たあげくに、こっちにおいでと手招きし、森の中にある小屋の前に来るように呼んだ。おそるおそるその小屋のそばに行くと、おじさんはそこでいろいろな植物をすりつぶしたり、刻んだりしていた。
「何をしているのですか?」と聞いてみると
「ハワイの人々が昔から受け継いだ方法で薬を作っているのだよ」と言って、そこに敷かれていたゴザの上に座るように促された。
おじさんは、キャプテン・クックがハワイを発見する前、まだハワイの人々がハワイ人でなく、カナカマオリ人と呼ばれていたその昔から、きょうまでハワイの家庭に受け継がれてきたハーブを用いたヒーリングを、ここでこうしてときどき行っていうるのだという。このおじさんと話していると、なんだか急に古代のハワイへタイム・スリップでもしたような気分になり、その神秘的なヒーリングの方法を教わってみることにした。

まずおじさんが取り出したものは、フラ・ダンスを踊るときに腰にスカートのように付けるティ・リーフと呼ばれる葉。熱があるときにこれを水に浸して、体中に巻きつけると熱が下がるのだそうだ。また生姜の根は、つぶしてお湯に溶かして飲むと、歯痛、腹痛、耳痛にも効く。昔のハワイアンは、生姜を食べるのではなく、こうやって薬として使用していたそうだ。また、ポリネシア独特の植物であるアヴァの葉は痛み止めとしてや、この葉で作った飲み物は、ノン・アルコールだが、ちょうどお酒を飲んだように心地よい気分になって、不眠症の人はぐっすりと眠れる。また、ハワイならどこでも生えているコケのリム・ウラは、そのまま食べることで腸の掃除をしたり、出産後の止血の役目も果たす。おじさんが、さっきから後ろで燃やしているククイナッツの煙は、それを吸い込むことで体内の傷を癒し、また同じようにココナッツの殻を燃やした煙を吸い込むと、流産しそうになった人は流産を止めることができるのだそうだ。そしてオレナと呼ばれるターメリック(カレーの材料)の葉と、ハワイでもカウアイ、マウイ、ハワイ島のごく限られた場所にある赤土を混ぜたものは、癌に非常によく効くのだそうだ。
このほかにも、400種以上の薬草がハワイには存在し、とくにハワイ島には世界中でもそこだけにしかない種類の強力な薬草が多くあるという。ハワイの人々が昔からハーブの治療をおこなってきた理由のひとつは、彼らが自然を本当に大切にし、石や岩でさえ人間と同じように扱い、すべては神様から与えられたものであり、常に神様に感謝するという態度を決して忘れない、その姿勢に根ざすものがある。つまりハーブも神様が与えてくださったものだから、それを使えば必ずよくなるという考えなのだ。そしてこのハーブを使ってヒーリングができるのが、祈祷師兼メディソンマンでカフナと呼ばれる人物である。「おじさんは、現代のカフナなのね」と言うと、彼はにっこりと笑顔でうなずいた。そしてそばに咲いていた白いジンジャーの花をひとつ取るとそっと私の髪の毛に刺してくれた。

お礼を言っておじさんに別れを告げ、目的の滝までひたすら歩く。鳥のさえずりや花の香りを楽しみながらの道のりは、汗をかきながらもさわやかさを体中で感じる。やがてたどり着いた滝にはすでに観光客がたくさん来ていて、写真を撮影したり、滝の下で水浴びを楽しんだりしていた。近くにあったベンチに腰を下ろしながら水を飲んでいると、滝の監視員をしている若い男性がやってきて私の横に座った。「ひとりできたの?」と声をかけてきたので「ええ、でもさっきベンチのある広場の向こうで、カフナのおじさんに会ったわ」というと「カフナ?そんな人いたの?」と不思議そうに聞く。てっきりと公園内のアトラクションだと思っていた私は「あれ、この公園が雇ってたんじゃなかったの?いろいろなハーブについて、ベンチの後ろの小屋の前で教えてくれたわよ」というと「君、夢でも見てたんじゃないの?」と、怪訝そうな顔。

すっかり頭が混乱してきた私は、自分の髪の毛に手をやると、さっきおじさんにもらった白いジンジャーの花がまだしっかりと刺さっていた。やっぱり夢じゃないんだよなあ。そう思いつつ、帰り道でもう一度ベンチの後ろの小屋を覗いてみることにした。ところが、ベンチのところまでたどり着いてみると、おじさんやさっきあったゴザの陰も形もなく、ただ、白い神秘的な煙のようなものがすーっと立ち登って行くのが見えた。もしかしたら、おじさんは森の精だったのかもしれないと、ワイメア・ヴァレーのリッチな草木の匂いに包まれながら、ふと思わずにはいられなかった。