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 ホノルルの夜はジャズの香り
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「夕方から仲間が集まってポットラック・パーティをするんだけど、来ない?」とハワイでイベント会社を経営する友人のジェフが電話をしてきた。彼の家はホノルルの高級住宅街、カハラ地区のビーチ・フロントにある絶好のパーティ会場!ポットラック・パーティとは、招かれた客がそれぞれに料理や飲み物を持ち寄って行う、ハワイでは人気のパーティ・スタイル。私も手料理のチキンのから揚げやサラダをおみやげに、夕暮れが迫るビーチ・フロント・ハウスに出かけることにした。
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ジェフの家にはすでに彼の仲間が何人か集まり、持ち寄ったハワイ式おつまみ「ププ」とビールでリビング・ルームは盛り上がり始めていた。テーブルに並んだ「ププ」には、まぐろの刺身を用いて作ったハワイ独特の和え物「ポキ」、サーモンのマリネ「ロミロミ・サーモン」から、肉料理、焼きそば、寿司、ピザなど、いろいろな国の料理がハワイらしく入り混じっていた。ビーチに面するリビング・ルームの窓は大きく開け放たれ、庭に咲き乱れるジャスミンの上品な香りがいっぱいに漂ってくる。私はその香りに誘われるようにパティオに出て、まもなく始まろうとしている、燃えるようなサンセットのショーをゆっくり見ようと、サンデッキにどっかりと腰を落ち着けた。
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ジャズ音楽が流れ始めているリビングから、ジェフがシュリンプ・カクテルとワイン・グラスを2つ、トレイにのせてやってきて、私の横のデッキ・チェアに越しを下ろした。「久しぶりだよね、こうやってのんびりとサンセット・タイムにくつろぐのは」とジェフ。「そういえば、前にこんなパーティをしたのは、あなたが主催したジャズのイベントを終えた翌日だったわよね。もう1年以上も前ね」「君が大ファンの小曽根真のハワイツアーだったよな。彼のピアノは最高だね、まさに鍵盤の魔術師ってとこだよな」「日本からもファンがいっぱい来て、盛り上がったわよねえ」と、ふたりのジャズ談義は熱を帯びていった。
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ハワイでは最近本格的なジャズ演奏は、昔ほど多く聞くことはできない。かつてはジャズ専門のラジオ局もあったが、今ではハワイ大学のラジオ局が一定時間にジャズ放送を流しているだけである。もちろん毎年国際ハワイ・ジャズ・フェスティバルなるものはあるが、かつてはナイトクラブやいろいろな場所で気軽に楽しむことができたジャズも、今では数箇所のホテルのラウンジぐらいでしかお耳にかかれない状態だ。しかし実はハワイとジャズは切り離せない、深い関係にある。1930年代にジャズがハワイに入ってきて以来、その要素はハワイのアイランド・ミュージックにも取り入れられ、独自のスタイルを生み出した。1935年には、有名な往年のラジオ番組「ハワイ・コールズ」が始まり、以後30年間にわたって世界中に向けてハワイの音楽が紹介され、その中にはハワイ・スタイルのジャズも多く含まれていた。
また多くのすぐれたロコ・ミュージシャンたちはアメリカ本土に渡り、その腕に磨きをかけ、日本で活躍中のトランペッター、エリック・ミヤシロや小曽根真とも共演したジョン・コリヴァスなど、一流ジャズ・プレイヤーとして世界中で活躍している。「ハワイってジャズが似合わないって言う人もいるけど、けっしてハワイアン音楽だけがハワイに似合うってわけじゃないと思うわ」という私に「もちろん。ロマンチックなジャズはハワイのサンセットを楽しむ時刻にはもってこいだし、アダルトなジャズは大人の時間が始まるアフター・ディナーには欠かせない音楽さ。もっと多くの人がハワイでジャズを楽しめるイベントとか企画したいよな」とグラスの中のワインを見つめながら話続けるジェフ。まるでビッグバンドがスタンダード・ジャズをそのグラスの中で演奏しているのを眺めているかのようなそのまなざしだった。きっと彼の頭の中で次のジャズ・イベントの計画が出来上がってきたのだろう。
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ワイン・グラスを傾けながらジャズを語り合うジェフと私の目の前では、真っ赤な太陽が水平線の向こう側にすっかりと沈み、星が次々と漆黒の空にロマンチックなアクセントを作り出していた。おりしもリビング・ルームからは小曽根真の「スターライト」という軽やかな曲が、ホノルルの夜空に向けて流れ始め、その曲に合わせてリビング・ルームで踊っている何組かのカップルを、空にきらめく星の輝きがシルエットのように照らし出していた。
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