思い出は「ココナッツ・シュリンプ」の香り

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 朝目覚めたら、雲ひとつない快晴。なぜか今までめったに出かけたことのない、オアフ島の西の端、マカハ地区とカエナ岬まで、行ってみたくなった。マカハといえば、日本の相撲界で頑張ったKONISHIKIや武蔵丸の出身地よりまだ西。そしてカエナ岬は死者の魂が出入りするスピリチュアルな場所として有名な場所であり、その先にはもう続く道がないという、オアフ島の最西端。

 車を飛ばして西へ行けば行くほど、オアフ島の風景はずいぶんと変り、ホノルルの街の喧騒とは違った田舎っぽい景色が続く。時おり車を止めて、道端の草花や蝶、ビーチなどの写真を撮影しながら進むうちに、カエナ岬のビーチにまで辿りついた。

    

 ビーチに足を踏み入れると、平日の午前中ということもあって人影がなく、ライフガードのお兄さんぐらいしか目に入らない。目の前に広がる青い海に心を洗われる思いで深呼吸をしながらふと足元を見ると、大きな足跡が砂にくっきりとついている。その足跡の先をたどっていくと、波打ち際に座る一人の男性の姿があった。なんとなく孤独そうで、それでいて波が打ち寄せるのを楽しんでいるかに見える彼の姿をカメラに収めていると、その気配に気付いた男性が「何やってるの?」と声をかけてきた。

 その波打ち際の男性、ボブはハワイに10年住んでいるという陽気なニューヨーカーだった。現在は、アルコールや薬物中毒患者のトリートメント施設でカウンセラーをしているという彼は、自分がハワイに来た行きさつや、大好きだったお祖父さんに9歳の頃に死に別れて心がはり裂けそうになった話、それ以来続いたいろいろな障害や苦労などをぽつりぽつりと、おもしろおかしく語って聞かせてくれた。でも明るくふるまおうとすればするほど、彼の胸には孤独で哀しい過去がいっぱいつまっているように感じずにはいられなかった。

 「ハワイの自然は大好き。でもハワイにいる間中、毎日が学びで毎日が試練で毎日が苦しみでもあったんだ」というボブ。それでも我慢して、頑張って、努力してきた甲斐があって、大きな会社に就職が決まり、そのトレーニングのためにあと数日でハワイを後にするという。
 「あなたなら、きっと頑張れて、成功するわよ!世界を股にかけて走りまわる人になるわ!」というと、「そうなりたいと思う。でもきっとハワイのこの空気、自然がいつまでも心に焼き付いて消えることはないだろうなあ。去るとなるとやっぱり、寂しいんだよ。僕にとっては修行の場だったハワイだけど、やはり人生の転機を与えてくれたし、忘れられない思い出がいっぱいあるよ。だからきょうは、ハワイの海の音をたっぷり聞いて、一生この音や匂いを忘れないようにしようと思うんだ」とボブ。

 しばらく海を見つめながら感傷に浸っているかのようだった彼がおもむろに、「あの、お願いがあるんだけど」と話かけてきた。「あそこにランチ・ワゴンが来てるだろ。あそこですっごくおいしい『ココナッツ・シュリンプ』を売ってるんだ。僕の大好物!ココナッツの実を細かく裂いたものを、パン粉の代わりに衣に使って、から揚げにしてるんだけど。あれを一緒に食べてくれないかな?ハワイで最後に過ごしたビーチでの思い出に、君といっしょに『ココナッツ・シュリンプ』が食べたんだ!」「あら、そんなのお安い御用よ!」と私は立ち上がって、ランチ・ワゴンに「ココナッツ・シュリンプ」を買いに行った。 

 紙皿いっぱいに盛られた揚げたてのアツアツのそれを持ってボブの横に戻り、ふたりで並んで海を見ながらそのご馳走をほうばった。ぷりぷりとしたエビの旨みとココナッツの甘みが口の中でブレンドされ、絶妙な味を作りだし「おいしい!」と思わず叫んだ私。そんな私ににっこりと暖かい微笑みを返しながら「このココナッツの香りとハワイの海の美しさ、これから何かあった時に必ずこの日のことを思い出すよ。そしたら辛くてもきっと頑張れる。僕のハワイでの最後の思い出作りの中に、君が登場してくれたことも、きっと神様からのプレゼントだろうね」と、センチメンタルに振舞っておきながら、無理やり「ココナッツ・シュリンプ」を私の口の中に押し込んだ。「わっ〜!」と驚いて、思わず彼を突き飛ばしながら笑い転げた私。同じく私の横で笑い転げていたボブが海に向かって叫んだ。「忘れないよ!このココナッツの香りも海の香りも、君のことも!ありがと〜!」と。その後で私を振り返ったボブの目には、うっすらと涙が光っていたようだった…。