「カヌーの歴史はロマンの香り」

 アラモアナ・ビーチで久しぶりにのんびりと過ごしていた。家族でビーチ・バーベキューをする人たちや、恋人同士で寝そべっているカップル、または友達同士でにぎやかにたむろしている学生など、いろいろな人が集まっている土曜の午後。私が座っている場所のすぐそばでは、女子高生達がカヌーの練習をしに集まってきていた。

 カヌーといえば、ハワイアンにとっては忘れてはならない文化のひとつ。かつて、マルケサスというポリネシアの島からカヌーに乗ってやって来た人々がハワイを発見したのが、西暦500~600年ごろとされている。その頃のポリネシアン達はアウトリガー・カヌーに乗って太平洋の海を自由自在に行き来していたのだそうだ。

 そんなカヌーの歴史を思い浮かべながら沖を見やっていると、女子高生たちが元気良く漕ぎ出したカヌーのそばを一頭の大きなウミガメが浮き沈みしながら泳いでいるのが見えた。ウミガメは、ハワイ語で「ホヌ」と呼ばれ、ハワイアンの守護神、アウマクアのひとつと考えられて、ハワイでは大切にされている。その「ホヌ」が、なぜか急に岸に向かって泳ぎ始めて、だんだんと私に近づいて来たように見えた。

 それからどれくらい時間が過ぎただろうか。
「カヌーのパドリング技術について知ってるかい?」と、いつのまにか私の横で寝そべりながら沖に向かってパドリングを続ける女子高生たちを見やっているホヌが私に尋ねた。
そう、確かにウミガメが私に語りかけたのだ。
不思議そうな顔をしてそのウミガメを見やる私に、彼は語りつづけた。

「ハワイアンはあの女子高生達を見てもわかるように、上体を大きく前後に移動させながら長いストロークで漕ぐのに対し、タヒチアンは上体の回転を利用し、頭の位置をほとんど動かすことなく、短いストロークで早めのピッチで漕ぐのだよ」と。
 この違いは単に、ハワイとタヒチの海の状態の違いにより生まれたものらしい。ハワイの海は外洋からのうねりや風の影響を受けやすいため、パドルをできるだけ水中においてカヌーの前進する力を維持するのだそうだ。

 「昔はあんな細いカヌーで大海原を行き来していたんだよ、ポリネシアンの人々は。自然の法則のみを利用してこの大海原を航海してたんだ」。
 そう、古代の人々は360度の水平線を32の部屋に分け、そこに200個の星を割り当てて記憶し、方向を調整していたのだそうだ。そして船の船首から船尾にむけて物を流し、その速度を計って船の速度を知ったり、鳥の飛ぶ方向で陸地が近い事を知ったりしたのだそうだ。そんなホヌの話を聞いているうちに、大自然を相手に勇敢に大海原に乗り出していく古代ポリネシアの人々の姿を思い描き、なんとなく厳しさの中に潜む偉大なロマンの香りを感じさせられたのだった。

 「カヌーは長い間大海原をひたすら漕ぎ続けるという、孤独なスポーツだけれど、チームワークも大切なんだよ。チームの呼吸が合わなければ、前には進めない。他人への思いやりや、気配りも必要。そのどれが欠けてもカヌーは前に進めなくなる。今の時代には忘れられがちなことだよなあ、そうは思わないかい?」と語りつづけるホヌ。
「昔は誰もがいつだって他人を思いやったものだった。カヌーを漕ぐ最近の若者達の横を泳ぐ時、昔に比べてその思いやりやチームワークの良さというものが足らないような気がしてならないんだがねえ。みんな自分のことしか考えておらん!」。

 そんなホヌの言葉がだんだんと遠ざかっていくような気がしたころ、女子高生達の漕ぐカヌーが岸に戻ってくる、その掛け声で目が覚めた。どうやら私はビーチでうとうと昼寝をしていたらしい。だとすると、私がウミガメと会話をしていたというのは、やはり夢の中でのできごとだったんだ・・・と、なんとなくホッとして岸辺を見やると、今まさに水の中に戻って行こうとする一頭のウミガメがため息まじりに「もっとハワイアンの文化を勉強して後世に伝えておくれ」とつぶやく声がはっきりと聞こえてきたように思えたのだった。