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海底鍾乳洞発見の第一報
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今回、海底鍾乳洞が発見されたのは、まったくの偶然である。ポレポレの貝取り名人として漁師仲間にも知られたムンチャ・ヒジャナさん(68歳)が、いつものように夜光貝を求めての潜水中に、鍾乳洞の入り口を発見した。
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これまで、この場所が誰の目にもふれなかったのは、この海域が漁場でも、またダイビングスポットでもなかったからである。
ポレポレにおいては、ここのところ人口が急増化しており、それに伴い近海の海洋にも少しずつ変化が起こっているという。海洋資源が従来同様の場所、タイミング、において採集できなくなってきたのである。そういった事情を背景に、ムンチャさんは新しい漁場を求めて、これまで誰も潜ったことのない海域で操業を行なったのだ。
ムンチャさんの潜水スタイルは、この島の他の漁師同様にフリーダイビング(閉息潜水)のスタイルが基本である。獲物によって、例えば夜光貝や宝貝などやや深い海底に生息するものを狙った漁の場合はフーカー(海上の船舶から送気する)潜水を行なう場合もある。発見時、ムンチャさんはフーカーで鍾乳洞入り口5メーター付近まで入ったものの、それ以上の探検は無理と、勇気ある英断をして引き返し、今回の仕切り直しとなった次第である。鍾乳洞の入り口が水深45メーター、ということを考えれば常識的な判断だったといえる。
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仕切り直しの調査潜水には、ポレポレ島に移住したばかりの私がダイビングメディテーターの立場で、海洋地球物理学の立場からイースターの『海底猿すべりの木』の研究において有名なカウアイ国立大学、ムハン・ガジャ氏が参加してくれた。ガイド役はムンチャさんが立候補してくれた。
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ケーブダイビングやディープダイビングは、一般的にはテクニカルダイビングと呼ばれる範疇に入る。いわゆるレジャーダイブやスポーツダイブと決定的に異なるのは、海中在底時間が必然的に長くなりそれに対応した潜水方法が求められ、同時に探検的な側面を有することから海上からを始めとした数種類のバックアップ体制が必要となるからである。今回のような、ケーブとディープの両方の要素を持つ潜水の場合、難易度は二乗に比例して高くなる。いくつかある潜水指導団体においても、その危険性は承知しており、ダイビングスキルは経験3000本以上、インストラクター資格保持者に限って許可を与える、という制限を設ける団体も珍しくは無い程だ。
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さて今回のレポートだが、海洋調査が途中であることと、観光被害を懸念して、具体的な場所についての報告は出来ない。長老と観光局長と海洋研究所の三者で作る協議会の公開許可が得られるまで、場所の特定は伏せられることになった。現時点では、島から3キロ以内の近海、とだけ報告しておく。
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今回は、入り口から400メーター地点まで調査ができた。その先もなお続いていたが、次回以降の調査に期待したい。400メーター地点で調査を打ち切ったのは、ダイバーの安全管理がその理由である。
在底時間は、潜降に5分、鍾乳洞内の往復に2時間、浮上(安全停止時間を含む)に6時間を有し、合計で8時間を越える総潜水時間となった。残留窒素による障害を考慮してナイトロックス(高酸素混合圧縮空気)使用のタンクを一人あたり5本消費しての潜水を行なったが、浮上後更に再圧チャンバーに18時間閉じ込められることになったほどの潜水内容であり、現在のスクーバダイビングシステムにおける限界を遥かに越えた潜水といってよいだろう。より精度の高い、また、最終到達地点を目指すのであれば、スクーバではなく異なったシステム、例えば現在開発中の『人工鰓(えら)潜水システム』の完成を待つしかないのかも知れない。
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さて、興味深い鍾乳洞内のことだ。
最大高5メーター、最大幅7メーターというドーム状のポイントから、人が一人ようやくすり抜けられる狭いポイントまで様々な造形から成り立っている。よく発達した石筍や石柱も散見でき、そのことは現在においては海水で満たされているものの、ある時期、ある年代には空気中に露出していたことを示しており、海洋物理学的にも非常に興味深い発見となった。
以下はカウアイ大学ガジャ氏のコメント
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「今回の発見は間違いなく世界規模のニュースです。鍾乳洞の規模においても世界レベルであることは言うまでもなく、更に海底という環境によって酸化風化が促進されなかったことが、洪積世の地質学研究に多くの材料を与えてくれています。推定年代は140万年前、第三紀の終わり。同時に氷期から間氷期へ移行する、いわば大きく環境変化が行なわれた時期です。この後、地球規模で海水面が50メーター以上、上昇するのです。
更に今回の大きな発見はドームの天井部分に炭素の付着を発見したことです。考古学的な見地は私の守備範囲を越えますが、削り取った採取標本を研究所に持ち帰り成分分析と炭素同位年代測定を行いました。推定年代はほぼ正確であることと、また唐松のヤニが含有成分として存在することが判明しました。このことは、鍾乳洞乳内において、ポレポレに自生していない唐松を誰かが燃やした、ということの証拠であることを指摘しておきます」
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私自身、鍾乳洞内において数種類の磨製石器を発見した。そのうちの一つに東アジアにおける『勾玉(まがたま)』と呼ばれるものに形状が非常に類似したものがあり、旧石器時代における環太平洋文化や祭祀の有り様についての従来の学説が、場合によっては根底から覆される可能性すら出てきたのである。勾玉がポレポレでは産出しない翡翠から作られていることについての理由は、更なる研究結果を待たなければならない。いずれにせよ、考古学的な見地と、またエネルギーコントローラーの立場からも興味深い探検であり、また思いもかけない発掘となったのである。
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