| Report-11 | ||
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国家について
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| このところテレビのニュースでは毎日、北朝鮮拉致被害者のことが放映されているが、拉致事件は全くひどい話で、北朝鮮のやったことは理不尽な国家犯罪であるし、日本政府が早期に対応解決しなかったことは国家の怠慢であったと言えるだろう。 |
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しかし国家というものは全体主義が前提にあるから、どこの国でも国家のためには個人の自由、権利、財産などというものは犠牲になっても構わないという傾向がある。だから今回の拉致事件も特別のことではなく、同様な個人の自由、権利、財産の侵害は過去にいくらでもあったし、国がある限りこれからもあると思う。では国が無くなればいいのかといえば、確かに国家の個人に対する侵害は無くなるが、個人が国から守られることも無くなるから、自分のことは自分で守らなければならず、国民であったときのようにのんきに暮らすということは出来なくなる。
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では国家はどうあるべきなのか?これは私ごとき者がとやかく言えるほど簡単なことでは無いのだが、私の希望みたいなものを述べてみたいと思う。
組織というものは、トップダウンの組織の方がダウンアップの組織より作りやすいし、効率を良くすることも簡単であるから、たとえ共産主義の国家といえどトップダウンだし、我々民主主義国家も選挙制度があっても同じくトップダウン式の国家だ。トップダウンは効率は良いが個人が埋没する。ダウンアップは個人の意志が反映しやすいが組織の効率が悪い。 |
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理想をいえば、トップもダウンも無く、個人それぞれも国家も、すべてが同等に効率良く組織されたとき、国家も個人もお互いに最大限の自由が確保できるのではないだろうか。そういう組織とはどんな形だろうか?
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ネットワーク国家
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| 皆さん、インターネットを思い浮かべてほしい。インターネットにおいては、個人が世界中の個人、組織と対等に上が下なく繋がり、ネットワークへのオン・オフも個人が自由に選択できる。国において、個人それぞれおよび組織がインターネットのようなネットワークシステムで組織されたらその国家はどんなものになるだろうか?個人の自由度が高い効率の良い組織(国家)が出来上がるのではないかと思う。具体的なイメージを示すことは今はできないが、そんなシステムに新しい国家像の希望が見えるような気がするのだ。もちろん、国と国も同じようなネットワークシステムで組織される。そうなると国家もあまり意味がなくなり、地球が一つの国家として機能するようになるのではないかと思う。そうなれば、全体主義はなくなり個人の自由、権利、財産が踏みにじられることもなくなると思うのだが、どうだろう?! 私はインターネット社会がもっと進んでグローバル化し、世界中の人の情報環境が均一化したら、人々の国家に対する考え方が変化してくるのではないかと思っている。 |
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次回のレポート内容は未定。
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